2020年04月06日

小噺4

【フランス人はサバがお好き】

「たのもーう。たのぉーもぉー!」
 門前で非人間的な大声を張り上げた者がある。当寺の檀家の一人で名を七兵衛という。
「ボンジュール、モナミ。サ・ヴァ・ビアン?」
 仏蘭西風の挨拶を返した者がある。当寺の住職、墾場院修覚である。構えて農機具ではない。
「お気づかい痛み入る。ジュ・ヴェ・ビアンにて候。ご挨拶ついでに一不審もて参る!」
「これは一興。慎んでお相手つかまつらん」
「説破!」
「そもさん!」
「海中に三類の魚あり。サメにマグロにサバなり。水練の巧みなる者はいずれか口論と相なり、三者はこれを確かめんと競争に及ぶ。勝ちを得たるのはいずれなりや。お答え!」
「むむむ…サメとマグロとサバが競争? 結構むずかしいな。わからんな。問答に負けたりしたら檀家の衆の聞こえもようないしな。よっしゃ、逃げたろ。…拙僧は仏に仕える身ゆえ生臭ものの儀は一向存じ奉らず。存じ寄りの魚屋にでも訊かれよ。それでは御免!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってや。そんなん答えになってまへんわ。あ、逃げなはんな」
「いや、わしはとうに生臭とは縁の切れた者ゆえ…」
「まだ言うてけつかる。要するに、わからんのですな。まるっきり見当つかんのですな」
「何じゃと? 人聞きの悪いことを言うな。わからんのではない。専門外と申しておる」
「相変わらず負け惜しみの強い坊さんや。そうですか、専門外。そんならそれでも構わんけど、あくまで門外漢の当て推量ということなら答えられんこともないんと違いまっか」
「門外漢の当て推量…なるほど、そんならええか。…されば、お答え申そう。勝ったのは多分マグロやろ。何しろマグロは回遊魚や。海ん中を四六時中泳いでる。時速に直せば50キロくらいの速度で泳いでる。乗用車並みやな。一等速いのはマグロに違いないな」
「ふふん、それが畜生の浅ましさ」
「誰が畜生や。違うのんか」
「違いますな。勝ったのはサバですわ」
「わからんな。何でサバなのじゃ」
「サバはアシが速いさかい」
「…何や、トンチかいな。真面目に考えて損したわ。第一、魚に足なんてあるかい?」
「無論、たいがいの魚には足はおまへん。けど、まれに直立する魚もおらんこともない」
「ほう、そうか。そら初耳や。何という魚じゃ?」
「…いや、タチウオいうて」
「…あんまりテンゴばっか言うてると、三枚におろしてサバの押し鮨にしてまうで」
「ふふん、いバッテラ」

 教訓:青魚は悪くなりやすいものです。刺身で食べる時は鮮度に注意しましょう。



Posted by 野州無宿 at 19:55│Comments(0)
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